Oncocardiologyリサーチセンター
設置の背景, ニーズ
がん治療の進歩は著しく予後が大幅に改善した反面、循環器疾患を合併しているがん患者の治療やがん治療に伴う循環器の重大な障害といった問題が増加している。それを研究するOncocardiology(腫瘍循環器学)が世界的に注目され、日本でも2018 年に学会ができたが、疫学調査による実態把握が全国で断片的に進められている段階である。代表者らは、2020年に三重大学に腫瘍循環器外来を設け、循環器内科、腫瘍内科、放射線科、病理診断科などが連携して診療に当たっているが、エビデンスの蓄積が不足し個々の症例の対応に苦慮しているのが実情である。そこで、臨床現場での課題を抽出し、臨床と基礎をつなぐトランスレーショナルリサーチによって病態メカニズムを解明し、がん治療に伴う循環器のさまざまな問題について、発生リスクの事前予知、早期診断及び新しい治療法の開発をサポートするシステム構築が必要であると考えOncocardiologyリサーチセンターの設置が行われた。
将来展望
Oncocardiologyはがん患者の心臓血管の問題に関する幅広い学問領域であり、本センターで全てを網羅することはできない。すでに科研費, AMEDなどの研究費を獲得して開始している3つの研究課題を起点として各研究グループを統合拡大し、治療を受けるがん患者からモデル動物まで、心・血管・リンパ管のPhysiology, Imaging, Pathology, オミックス解析を行うコンソーシアムを構築して技術、知見を共有する。
基礎、臨床など既存の組織や研究分野の枠にとらわれず自由に意見を交換するプラットフォームを提供し、新たなプロジェクトの展開を図る。
三重大学総合がん治療センターと密接に連携して、成果をフィードバックすると同時に、臨床上の新たなアンメットニーズを拾い上げて新しい研究シーズを育てて外部に発信する。本センターは、Onco-pulmonology, Onco-nephrologyなど他臓器の問題解決に展開することが可能であり、将来的にはがん患者の全身の問題に対応することが期待される。
KPI, 想定される社会的インパクト
本センターは、対象とするがんだけでなく、がん患者の全身の問題を統括的に考える「ていねいながん診療と直結する独創的な研究の創出」を目標とする。そのためにK P Iとして以下の6つを設定する。
- 学術成果発表(論文、学会)
- 外部資金獲得
- 特許取得
- 新規プロジェクト企画提案
- 公開シンポジウム開催
- プレスリリース
治療を受けるがん患者の循環器の問題をていねいに拾い上げてその対応策を用意することにより、治療の選択肢を増やしてがん診療の質向上が望めるだけでなく、がん治療に伴う他臓器の問題を解決するという視点を明らかに示すことは、新たな研究開発のニーズを掘りおこし、医学研究のイノベーションにつながることが期待できる。
研究項目
右図に示すように、がん治療によって惹起される心臓血管(リンパ管を含む)の障害の病態メカニズム解析(①②③⑤⑥)と、がん及びその転移巣が宿主の心血管に及ぼしうる作用に関するとそのメディエータの解析を行う。①は一部AMED、②③は科研費によりすでに開始している。⑤⑥は、外部資金獲得を図りつつ、順次開始する。またがん患者の治療による心血管の障害を考えるためには、がん自体が心血管に及ぼす影響、あるいは、抗がん剤あるいは放射線による心血管の有害事象を修飾する可能性を考慮する必要があるが、これまでのOncocardiologyにはこの視点が欠如している。④は心臓・血管の研究者とがん研究者が協力して解決を試みる本センターのみで可能な、画期的で先駆的な研究である。がんと宿主のクロストークに関する成果が得られたら、次に、がん治療によって引き起こされる心血管障害反応ががんによって修飾されうるか検討する。各項目()内は、スタートアップチーム構成を示す。
① 免疫チェックポイント阻害剤による心筋炎の病態メカニズム解析に基づく診断・治療法の開発
免疫チェックポイント阻害剤は肺癌、腎癌などで非常な効果を挙げているが、種々の臓器に免疫関連有害事象を起こすこともよく知られている。その中で、心筋炎は頻度は高くないが、しばしば致命的な重篤な副作用であり、Oncocardiologyの中でも非常に注目されている。現在、COVID19 mRNAワクチンの副反応で心筋炎が注目されるようになり、免疫チェックポイント阻害剤心筋炎は心筋炎のメカニズムを理解するモデルとして学術的にも価値が高い。以下の点から研究を行う
- AMED「免疫チェックポイント阻害薬使用に伴う心筋障害に対する全国多施設共同レジストリ」班で収集したヒト心筋生検組織の解析により、ヒト組織での免疫チェックポイント阻害剤による心筋炎の特徴を描出する。
- 免疫チェックポイント阻害剤関連心筋炎のマウスモデルを用いて、組織学的及single cell RNA sequenceを用い、免疫学、腫瘍免疫学的観点から解析し、免疫チェックポイント阻害剤による心筋炎の特徴を描出する。
- 統合して、心筋炎発症メカニズムの解明とそれに基づいた診断、リスク予知、新しい治療法の開発について検討する。
② 放射線がん治療に伴う心臓線維化の病態メカニズムの解析に基づく診断・治療法の開発
放射線治療に伴う心臓障害はこれまで全く関心が向けられていなかったが、最近、乳癌、肺癌、食道癌の放射線治療に伴う心外膜炎や心臓線維化を起こす症例があることが明らかになってきた。一般に、心臓は放射線治療に耐性のある臓器と考えられ、確かに、心筋細胞は放射線傷害を受けにくいと言われているが、血管やリンパ管の放射線感受性は以前から指摘され、間質の線維芽細胞も標的になりうる。以下、すでに一部開始している。
- 画像データの詳細な解析により放射線がん治療に伴う心臓障害の実態把握を進める
- 放射線性肺炎・肺線維症モデル用に作成した放射線照射装置(論文準備中)を用いて心臓障害モデルを作成する。モデルが安定したら、血管、リンパ管に注目し線維化のメカニズムを解明する。
- 上に基づき、リスク予知、早期診断バイオマーカーの開発を試みる。
③ アドリアマイシン心筋症動物モデルを用いた新規分子基盤機序解析
アドリアマイシン心筋症は最もよくから知られるがん治療に伴う心臓傷害であるが、障害の病態メカニズムの全貌は明らかになっていない。画像診断領域で注目されている標的現象フェロトーシススに注目し、アドリアマイシン心筋症モデル動物をPET/MRI装置を用いて解析し、1H-及び31P-MRスペクトロスコピー、[18F]BCPP-EF PETトレーサーといったPET/MRI統合分析による抗がん剤投与中の心筋ミトコンドリア機能、心筋内中性脂肪、DNA損傷の分子病態・病理組織学的変化を解析する実験系を確立するとともに、心・血管・リンパ管のPhysiology, Imaging, Pathology, オミックス解析を行うコンソーシアムを構築する。
④ がんが宿主の心血管に及ぼす影響
癌由来、あるいは遠隔転移組織由来の分泌型エピゲノム分子と血栓症の関連に関する解析
がんに伴う血栓症としてよく知られているのは深部静脈血栓症であるが、最近がんと脳卒中合併に関する多岐にわたる領域横断的なコンセンサスを形成する取り組みStroke oncologyが注目され始めた。2018年に制定された「健康寿命の延伸等を図るための脳卒中、心臓病その他の循環器病に係る対策に関する基本法」に沿ってOncocardiologyの重要な部門になる可能性があるが、ほぼ手付かずの領域である。以下の検討を行う
- がんと脳卒中合併例の病態や治療法の実態調査を行う。
- Aと同様、ヒト癌原発組織、遠隔転移組織、正常近傍粘膜組織、血液検体中のmiRNAやcircular RNAを解析し、癌患者の脳梗塞及び深部静脈血栓症と関連する候補因子を抽出、予知マーカーとしての有用性を検討する
⑤ 多彩な新規薬剤治療伴う心血管障害のデータサイエンス的解析
様々ながん治療における心毒性のメカニズムを解明するために多彩なオミクス解析が実施され、公的データベースに登録されている。これらの公的オミクスデータを利活用することにより、心毒性のメカニズムやバイオマーカーに関する新たな仮説を構築する。逆に、本リサーチセンターにおける基礎・臨床研究から導出される知見を、公的オミクスデータを用いて検証する。
シンポジウムなどの予定
- 公開シンポジウムの開催
学外からもシンポジストを招いた公開シンポジウムを年1回開催する。 - 学内セミナー
月に一度、定期的にセミナーを開催して進捗報告会・勉強会として、自由な議論を行う。センター構成員以外、大学院生の参加を促し、新たな共同研究を促進して、大学院活性化・研究推進を図る。 - 総合がん治療センターとの合同カンファレンス
定期的に症例カンファレンス(非公開)を行い、臨床上の新たな課題を拾い上げる。
